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キット製作の想い。

SMP24 第13弾 Beta Montecarlo

今回、キット製作をしたのにあたり、この車生まれた経緯から少し追ってみました。

monte_001.jpg



ベータモンテカルロと言う車ご存知の人も多いだろうが
開発コードX1/20と言うフェアットで生まれたその生い立ちも中々波乱万丈の車でした。

話は1960年代半ばに遡る。当時フィアットの乗用車設計部門では、実用小型車の
ラインナップを横置きFFに一新するという一大プロジェクトが立ち上がった。

開発の指揮はダンテ・ジオコーザ設計主任!今ではFF車では標準になっている
ジアコーザ式のレイアウト生みの親である。

まずはフィアット傘下のアウトビアンキのプリムラで試験的に市販投入し、その後本格的な開発が始まる。

X1/1は69年に128としてデビュー、第2号のX1/2はアウトビアンキのA112、X1/3は130、X1/4は127として市販車となる。

そして68年に開発が正式承認され72年11月のトリノで公式デビューする横置きFF車用パワートレインを流用した
小型ミッドシップがご存知X1/9となるのだが・・・

フェアットは同時に3LV8を積むX1/8というミッドシップを開発していた。

しかしこちらはオイルショックのあおりお受け開発を一時中断する。

X1_8.jpg



ところが搭載エンジンを2L直4としてX1/20の開発コードで復活し
75年3月ジュネーブ・ショーでランチアβモンテカルロとしてようやく世に出ることになる。

X1/9の後継車というよりは、双子の兄だったのだ。

monte_S1.jpg

lancia beta monte carlo 002-1



その後も北米使用車は先にシボレーモンテカルロが登場していた為スコーピオンと改名され
マイルバンパーとポップアップ式の丸ライトでなんとも残念な顔になり?販売は低迷78年2月にはβモンテカルロ事態が生産中止となるが、

scorpion.jpg



1980年にシリーズ2のモンテカルロとして復活1981年9月まで生産された。

monte_S2.jpg



これで生涯を全うしたかと思いきや、これで終わらなかった・・・

1976年フェアットは販売戦略のためラリーのワークス活動をストラトスから早々に131アバルトラリーに移してしまう。

フェアットに奪われた”ラリーのランチア”を復活する為、
1982年のツール・ド・コルスでランチア・ラリー(037)がデビューすることとなるだが、
そのセンター部分モノコックにはモンテカルロのものが流用された
フェアットに奪われた”ラリーのランチア”がフェアット生まれのモンテカルロで復活するのである。

037.jpg


その後も四駆のモンスターマシンが活躍するグループBを開発が遅れるS4登場する1985年まで現役で戦い続け、
ようやく数奇な運命を終えることとなる。




Gr.BやGr.Cが目に付く車種ですが、その中でこうしてノーマルを眺めてみると、ミッドシップのパッケージを見事にまとめて、且つどこかしら品のある美しさを感じます。

オイルショックの中で生まれ不運の時代を過ごしてきた車ですが、もしハイパワーのエンジン積んで販売できていたとしたら・・・
また違った世界を見せてくれていたのかもしれませんね。

このような思いも込めてキット製作をしてきた訳で、手にした方一人一人の世界の中でSMP24のキットを通して新しい世界に導いて頂けたら嬉しいですね。
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Author:ニーミー
車模型のガレージキット制作しているニーミーと申します。キットに恵まれなかったスーパーカーを1/24のレジンキットにするべく奮闘中!! twitterもよろしければフォローしてください!(@Dr30Sc427ma) 

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